音声は,肺から供給された空気が声帯振動によって周期的な 疎密波となり,さらにその音波が声道で共振されることによっ て「声」となり,口から発せられる。人は音声対話において, 声帯の固有振動数を巧みに制御しながら音声に適切な抑揚を与 え,同時に,声道の形状を巧みに変化させながら異なる種類の 母音を生成することで,聴き手に意図した情報を伝達している。 音声情報処理研究の歴史において,音声生成過程に関する重要 な数理モデルとして,声帯振動の制御機構を模した藤崎モデル と,縦続連結した等長音響管で声道断面積関数をモデル化した ことと等価な全極型声道モデルが有名である。本稿では,全極 型声道モデルと藤崎モデルを同時に内包する統計的音声スペク トルモデルを提案する。 声道スペクトルと基本周波数 (F0)は,分析,合成,認識,強 調,符号化などの幅広い音声アプリケーションにおいて根幹と なる音声の重要な特徴量であり,音声信号からこれらを自動的 に推定する技術は長年にわたって研究され,発展を遂げてきた。 声道スペクトルを推定する問題と F0 を推定する問題は,一見 すると別の問題のようで実は密接に関係している。例えば,以 下,音声信号が声道のインパルス応答と声帯による周期的なパ ルス波との畳み込みで表現できる場合を考えると,声道スペク トルは調波成分のピークをつないだ包絡線に対応するので,F0 がもし既知であればどの成分が調波成分であるかが特定でき, 声道スペクトルを精度良く推定することができる。一方で,F0 推定では,実際の F0の整数分の一倍と推定し誤ってしまうこと がしばしば問題となるが,この半ピッチ誤りの問題は,声道ス ペクトルが滑らかであるという先験的な知識を使えば効果的に 回避することができる (半ピッチ誤りの状況では滑らかでない スペクトル包絡を仮定してしまっていることに相当するため)。 また,音声の F0 の時間軌跡 (F0 パターンと呼ぶ。) も通常は 滑らかであり,これを制約とすれば同様の推定誤りを回避でき ることが多い。以上のように,声道スペクトルと F0 パターン は各々の推定において互いに有用な情報であるため,別個に求 めるより,同時最適化問題として推定できるようにした方が多 分に合理的である。以上の動機に基づき,スペクトル包絡構造 と F0 パターンを同時モデル化したことが提案モデルにおける 第一のポイントである。